忙しいときの自分を振り返ると、手が止まっていた記憶はあまりありません。むしろ、やたらに動いていた記憶が残ります。会議を増やし、資料を増やし、念のための確認を増やす。あとで見ると、どれも決定的ではない。
これを「忙しいと判断力が落ちる」と言ってしまうと、話が終わります。落ちた、では次の手が出てきません。落ちたのではなく、別のものに置き換わっているのではないか——この記事で考えたいのは、その可能性です。
材料にするのは、救急部門の医師を対象にした実データの研究です。扱わないのは、医療の実務的な是非と、「ではどう働けばよいか」という処方です。前者は本記事の範囲外であり、後者は研究が答えていません。この記事の狙いは、負荷が高いときに判断の何がどう動くのかを、測られた範囲に限って見ることにあります。
30秒で要点
- 参照するのは NBER Working Paper 35034「Thinking versus Doing: Cognitive Capacity, Decision Making and Medical Diagnosis」(2026年4月発行、DOI 10.3386/w35034、論文ページ)。今週の新着研究ではない
- 設計は、救急部門の医師について患者と医師の準ランダムな組み合わせの変動を使い、詳細な電子カルテと監査ログのデータを用いたもの
- 要旨の中心的な表現は「熟慮を、より多いが精度の低い診断行動に置き換える(substitute)」。思考の停止ではなく、置き換えである
- 具体的には (i) 診断検査のオーダー総数が増え (ii) 的を絞った稀な検査の使用が減り (iii) 一般的な検査の使用が増え (iv) 診断上の信念の不確実性が増す
- 認知負荷が最も高い十分位にいる医師は、同じ医師が最も低い十分位にいるときと比べ、まったく同種の患者の入院を28%増やす。医師間の差ではない
- 入院が「増えた」ことは示されているが、その入院が適切だったかは評価されていない
「量が増える」は、劣化とは違う形をしている
劣化のイメージは、たいてい減少です。集中が減る、注意が減る、手数が減る。そう思っていると、忙しいときに手数が増えている自分を説明できません。
要旨の動詞を見ると、別の形が書かれています。substitute——置き換える。熟慮という手段が、診断行動という手段に置き換わる。頭の中で絞り込む作業の代わりに、外の世界に働きかけて情報を集める。検査を出す、画像を撮る、別の科に聞く。
この形を押さえると、増えているものと減っているものが同時に説明できます。増えるのは総数と一般的な検査、減るのは的を絞った稀な検査。絞り込みは熟慮の産物なので、熟慮が減ると絞り込みも減ります。そして絞り込みが減れば、代わりに広く網を張ることになり、総数が増える。
そして4点目が、この構造を裏から支えています。診断上の信念の不確実性が増す。手数を増やしたのに、確信は増えていない。これは「量を増やせば質が担保される」という素朴な期待が、少なくともこの文脈では成り立っていないことを示します。
ここで線を引いておきます。要旨の「精度の低い(less precise)」は、診断行動の性質を指す表現です。診断の正誤率を測った記述は要旨にありません。したがって「忙しいと誤診が増える」とは書けません。書けるのは「狙いの絞られていない行動が増える」までです。
28%という数字を、どの比較として読むか
数字そのものより、何と何を比べた数字なのかが重要です。
報告されている比較は、同一の医師の中での比較です。認知負荷が最も高い十分位にいるときのその医師と、最も低い十分位にいるときの同じ医師。そして患者側も「まったく同種の患者(the exact same kind of patient)」に揃えられています。
この設計が何を排除しているかを言うと、医師の腕の差です。「判断の雑な医師は入院を増やす」という読み方は、この比較からは出てきません。同じ人が、置かれた状況によって28%違う。これが報告されている内容です。
分母と分子を確定させておきます。比較しているのは入院の件数で、分子は高負荷時のその医師の入院、分母は低負荷時の同じ医師の入院。差を低負荷時で割った増加率が28%です。患者の種類が揃えられているので、「重い患者が来たから入院が増えた」という説明は除かれています。
そして、ここから先には進めません。その入院が適切だったかどうかは評価されていません。入院は過剰かもしれず、低負荷時のほうが見落としていたのかもしれません。要旨は適切性を扱っていないので、どちらとも言えません。「不要な入院が28%増えた」と読むのは、書かれていないことを足す読み方です。
なお、認知負荷をどう数値化したのか(何をもって高負荷の十分位としたのか)は要旨に書かれていません。全文は本記事では読んでいないので、操作化の詳細、対象の病院数、観察期間、サンプルサイズには触れません。「何人の医師を分析した研究」という形で紹介できる段階にないということです。
「決定疲れ」と同じ話にすると、両方壊れる
First byte では以前、「判断疲れ」に証拠はあるのか?23万件の医療データが示した反証で、決定疲れ(判断疲れ)の証拠が、現場データでは見つからなかったという研究を扱いました。今回の研究と並べると、矛盾しているように見えるかもしれません。
見えるだけです。測っている対象が違います。
決定疲れは、判断を重ねた結果として後の判断が変質するという、時間経過の現象として語られてきました。その理由づけとして「意志力が資源のように減る」という説明が添えられることが多く、この説明の再現性は実験室研究の追試で揺らいでいます。先の記事が扱ったのは、この枠組みをフィールドデータで検証した結果でした。
今回扱っている認知負荷は、ある時点で同時に抱えている処理の量です。1日の後半だから、ではなく、今この瞬間に並行して抱えている件数が多いから。比較のしかたも、時間の前後ではなく、同一人物の高負荷時と低負荷時です。
この2つを「要するに疲れると判断が変わる話」に畳むと、何が起きるか。決定疲れの側では「証拠が乏しい」という結論が、今回の結果で覆されたように見えます。認知負荷の側では「意志力の消耗が実証された」という、研究が言っていない主張が生まれます。どちらも、相手の測定を自分の証拠に使い回したことで生じる誤りです。
混同が起きやすいのには理由があります。体感としては、どちらも「忙しくて疲れた」として記憶されるからです。体感の側に区別がないので、説明を聞いたときに同じ引き出しに入ってしまう。区別は体感ではなく、測り方の側にしかありません。
医療から自分の仕事へ移すときに、何が仮説になるのか
ここから先は、研究の結論ではありません。この記事側の仮説として書きます。
参照した研究が扱っているのは救急部門の診断行動であり、経営会議や資料作成の文脈を一切扱っていません。したがって「忙しいほど会議資料が増えて狙いが曖昧になる」は、この研究を根拠にできません。構造が似ているという観察にとどまります。
それでも、似ている点を書き出す価値はあります。置き換えが起きる条件として要旨から読み取れるのは、(1) 判断する人の処理能力に上限があり、(2) 熟慮の代わりに使える外部の行動があり、(3) その行動の量を増やすことが許されている、という3つです。
この3つが揃う仕事は、医療に限りません。候補を増やす、資料を増やす、関係者への確認を増やす、調査を発注する——どれも「考える代わりに動く」の形を取れます。そして多くの職場では、動いた量のほうが見えやすく、評価もされやすい。置き換えに歯止めがかかりにくい構造があります。
ここで注意したいのは、原文が「考えなくなる」と言っていないことです。熟慮を何かに置き換えているのであって、怠けているわけではありません。本人の主観では、むしろ一生懸命に対応している時間帯のはずです。だから自分では気づきにくいのです。
判断の前提をどう置くかという話の土台は、前提設計:成果を出す前に、判断を壊さない"土台"を作るで扱っています。あわせて、意図した行動が別の回路に置き換わっていく話は「繰り返せば習慣になる」は正確かが近い構造を持っています。
確かなことと、まだ確かではないこと
分けておきます。
確かなこと:要旨に書かれている設計(準ランダムな組み合わせの変動、電子カルテと監査ログ)。4つの結果(検査総数の増加、稀で的を絞った検査の減少、一般的な検査の増加、診断上の信念の不確実性の増加)。28%という数字が同一医師内・同種患者での比較であること。論文が2026年4月発行であること。
まだ確かではないこと:診断の正誤率がどう動いたか(要旨にありません)。増えた入院の適切性(評価されていません)。認知負荷の操作化の詳細、病院数、観察期間、サンプルサイズ(要旨にありません)。医療以外の職種で同じ置き換えが起きるか(扱われていません)。
補助的な材料として、同じ発行元の NBER Working Paper 34992「Preferences for Warning Signal Quality: Experimental Evidence」(2026年3月発行、論文ページ)は、実験室実験の結果が「偽陽性と偽陰性を区別しない意思決定ヒューリスティクス」と最も整合すると報告しています。警告信号の需要という別の題材であり、実験室実験なので証拠の種類も違います。主たる根拠には使えません。信号の質を見分けないまま意思決定する傾向が別の設定でも観察されている、という程度の補強です。
負荷が高いときの自分を、量で見るための4つの問い
質を自己評価すると、だいたい「ちゃんとやっていた」になります。量なら、記録に残ります。
- その週、判断のために起こした行動は何件か。 会議、資料、確認、調査、相談。件数を数えます
- そのうち、的を絞った手は何件か。 「これを確かめれば決まる」という狙いを持っていた手の数です。総数ではなく、この内訳が動きます
- 確信はどう動いたか。 手を増やした後、決められるようになったのか。増やしたのに決まらないなら、置き換えが起きている疑いがあります
- 件数を増やすことに、歯止めがあるか。 増やしても誰にも止められない構造なら、置き換えは続きます
4つのうち2番目が最も効きます。総数は環境でも増えますが、内訳の変化は自分の判断の形を映します。
自分でも試せる、最小の検証
15分で済みます。
- 直近3か月のカレンダーから、忙しかった週と余裕があった週を1つずつ選ぶ
- それぞれの週について、判断のために起こした行動の件数を数える(会議・資料・確認・調査)
- そのうち「これを確かめれば決まる」という狙いを持っていた手が何件あったかを数える
- 2つの週で、総数と狙いのあった手の数を比べる
総数が増えて狙いのあった手が減っていれば、この記事で扱った置き換えが自分にも起きている可能性があります。両方増えているなら、単に仕事量が増えただけです。どちらなのかは、数えるまで分かりません。
判断の土台として押さえておくこと
- 負荷が高いときに起きているのは、思考の停止ではなく置き換えである。熟慮が、外に働きかける行動に替わる
- 増えるのは総数と一般的な手、減るのは的を絞った手。手数の多さを頑張りの証拠にすると、置き換えを見逃す
- 28%は同一医師内・同種患者での比較である。医師間の差でも、不要な入院の増加でもない
- 決定疲れ(時間経過)と認知負荷(同時に抱えている量)は、測っている対象が違う。体感では区別がつかないので、測り方で区別する
- 医療から自分の職場への移し替えは、研究の結論ではなく仮説である。確かめる対象として扱う
参考資料・引用元
- Benjamin R. Handel, Louis-Jonas Heizlsperger, Jonas Knecht, Jonathan T. Kolstad, Ulrike Malmendier, Filip Matějka, "Thinking versus Doing: Cognitive Capacity, Decision Making and Medical Diagnosis", NBER Working Paper 35034(2026年4月発行、DOI 10.3386/w35034). https://www.nber.org/papers/w35034 (2026年10月28日に要旨を確認。全文PDFは未読)
- Alexander Ugarov, Arya Gaduh, Peter McGee, "Preferences for Warning Signal Quality: Experimental Evidence", NBER Working Paper 34992(2026年3月発行). https://www.nber.org/papers/w34992 (2026年10月28日に要旨を確認)