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「繰り返せば習慣になる」は正確か——2つの神経回路と定着診断

2026年8月7日
最終更新: 2026年8月7日
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「繰り返せば習慣になる」は正確か——2つの神経回路と定着診断

「繰り返せば習慣になる」は正確か——2つの神経回路と定着診断

「とにかく続ければ、そのうち習慣になる」——日報、1on1、振り返り会議のような新しい業務プロセスを導入するとき、多くの現場はこの前提に立っています。最初のうちは全員が参加し、報告も丁寧です。ところが数か月経つと、なんとなく形骸化していく。参加率が落ちる、内容が薄くなる、いつの間にか誰も見なくなる。「続ければ定着する」はずだったのに、なぜこうなるのか。

2026年7月、京都大学の研究グループがマウスを用いた実験で、この素朴な前提に修正を迫る発見をNature Communications誌に発表しました。「ある行動が習慣として定着するかどうか」と「習慣になった後、その行動をどれくらいの頻度・量で行うか」は、脳内の別々の神経回路によって決まっている、というのです。

30秒で要点

  • 2026年7月27日、京都大学大学院医学研究科(淺岡希美助教・林康紀教授ら)がNature Communications誌に発表した研究(DOI: 10.1038/s41467-026-75706-1)
  • マウスを使った実験で、「行動が習慣になるかどうか」と「習慣になった後の頻度・量」が、前頭前野の可塑性に関わる別々の神経回路によって制御されていることが示された
  • 一方の回路の働きが弱いマウスは、行動を習慣化すること自体はできても、頻度や量が元より少なくなった
  • 「定着しない」を一括りに扱わず、「そもそも根付いていないのか」「根付いたが弱まっているのか」を分けて診断する視点を、組織のルーティン設計の補助線として借りることができる

用語意味
習慣化ある行動が、意識的な判断を経ずに自動的に実行されるようになるプロセス
前頭前野計画・意思決定・行動選択に関わるとされる脳の領域。今回の研究では、その中の可塑性(神経回路が変化する働き)が対象になった
可塑性(かそせい)神経回路が経験に応じてつながり方や強さを変える性質。学習や記憶の基盤とされる

何が発見されたのか

京都大学の研究チームは、マウスに特定の行動を繰り返し学習させる実験を通じて、前頭前野の神経回路の働きを調べました。論文タイトルは「Dissociable roles of prefrontal plasticity in decision-making strategy and execution of habitual behavior(習慣行動の意思決定戦略と実行における、前頭前野可塑性の分離可能な役割)」で、その名の通り、前頭前野の可塑性が2つの異なる役割に分かれて働いていることを報告しています。

1つは、行動を「習慣として定着させるかどうか」を決める回路です。もう1つは、いったん習慣化した後に「その行動をどれくらいの頻度・強度で行うか」を決める回路です。研究チームがこの2つ目の回路の働きを弱めると、マウスは行動を習慣化すること自体はできたものの、頻度や量が元の水準より少なくなりました。逆に言えば、「習慣になるプロセス」がうまくいったからといって、「その後どれくらいの強度で続くか」まで自動的に保証されるわけではない、ということです。

なぜ「定着するかどうか」と「どれくらい続くか」は別問題なのか

日常の感覚では、「習慣になった」と「ちゃんと続いている」はほぼ同じことのように扱われがちです。しかし今回の発見が示すのは、この2つが少なくとも神経科学のレベルでは別のメカニズムに支えられているという構造です。

これは、業務プロセスの定着を考えるうえでも役に立つ区別です。「新しいルーティンが根付くかどうか」という最初の関門と、「根付いた後もそのルーティンの質・頻度が保たれるかどうか」という後段の関門は、そもそも別の課題である可能性があります。片方が達成できたからといって、もう片方が自動的についてくるとは限りません。

ビジネスの現場でよくある誤解

新しい業務プロセスが形骸化したとき、「そもそも定着しなかった」のか「一度は定着したが弱まった」のかを区別せずに、まとめて「定着に失敗した」と扱ってしまう現場は少なくありません。しかしこの2つは、原因も対処もまったく異なります。

そもそも根付いていない場合は、行動を習慣にする最初のきっかけ・タイミング・仕組みそのものに問題がある可能性が高く、導入の設計を見直す必要があります。根付いたが弱まっている場合は、習慣化の入口はクリアしているため、むしろ「なぜ頻度や質が落ちていったか」という維持段階の要因(負荷、承認の欠如、目的意識の希薄化など)を探る必要があります。同じ「定着しない」という結果でも、原因の階層が違えば打つべき手も変わります。

この混同が起きやすい理由は、どちらの場合も外から見える現象が「今、ちゃんとやっていない」という同じ状態に見えるからです。実施率のグラフを見ても、「一度も立ち上がらなかった線」と「立ち上がった後に下がっていった線」を、途中経過を追わずに結果だけ見ると区別しにくくなります。

診断のフレーム:定着していないのか、弱まっているのかを分けて見る

この区別を実務で使うには、次の2つの問いを分けて確認すると整理しやすくなります。

  • 立ち上げの問い:導入から一定期間(たとえば最初の1か月)、対象者の実施率・参加率は目標水準に達したことが一度でもあったか
  • 維持の問い:達成したことがあるなら、その後の実施率・参加率・内容の質は、ピーク時と比べてどう推移しているか

ここでいう「実施率」は、分母を「対象期間中に実施すべきだった回数」、分子を「実際に実施された回数」として定義すると、感覚的な「なんとなく減っている」という印象ではなく、比較可能な数字として扱えます。一度もピークに達していなければ立ち上げの問題、ピークの後に下がっているなら維持の問題という、それぞれ異なる打ち手を検討する入口になります。

応用:組織のルーティン設計を「立ち上げ」と「維持」で分ける

この診断のフレームは、ルーティン施策の設計そのものにも応用できます。多くの現場では「日報を導入する」「1on1を始める」という一度きりの意思決定として設計されがちですが、立ち上げに効く工夫(初期の心理的ハードルを下げる、最初の成功体験を作る)と、維持に効く工夫(負荷を減らす、意味を定期的に再確認する、形骸化のサインを早期に検知する)は、必要なタイミングも中身も異なります。

ただし、ここから先は仮説です。マウスの神経回路の知見をそのまま「立ち上げ担当」「維持担当」という組織設計の比喩に当てはめられると主張しているわけではありません。あくまで「2つの異なる課題を、1つの課題として扱っていないか」を点検する補助線として捉えるのが適切です。

確かなことと、まだ確立していないこと

確かなこと

  • 2026年7月27日、京都大学大学院医学研究科の淺岡希美助教・林康紀教授らのグループが、マウスを対象にした実験に基づく研究をNature Communications誌に発表している(DOI: 10.1038/s41467-026-75706-1)
  • 論文は、前頭前野の可塑性が「習慣化するかどうか」と「習慣化後の実行頻度・強度」という異なる役割を担う、分離可能な神経回路によって制御されていることを報告している

まだ確立していないこと

  • この研究はマウスを対象にした基礎研究であり、人間の組織行動・業務プロセスの定着に、発見された神経回路の仕組みがそのまま当てはまるかどうかは検証されていない
  • 「習慣化」と「実行頻度・強度」が別メカニズムだという知見を、組織のルーティン設計に応用した場合にどの程度の効果があるかは、この論文の範囲外であり、今回の記事で示した「立ち上げ」「維持」の区別はあくまで補助線としての仮説である

なぜ「続ければ定着する」という理解が根強いのか

この直線的な理解が根強い理由のひとつは、行動変容の議論の多くが「習慣化のきっかけづくり」に集中し、その後の維持プロセスをあまり扱ってこなかったことにあります。「〇日続ければ習慣になる」といった話題は目にする機会が多い一方、「習慣になった後、その頻度や質を保つには何が必要か」という後段の議論は相対的に手薄です。

もうひとつの理由は、「習慣化」という言葉自体が、定着と維持の両方を一語で表してしまうことです。日本語でも英語でも、「習慣になった」という表現は「今も続いている」ことを暗に含んでしまうため、意識的に区別しない限り、2つの異なる現象を1つの言葉でまとめて扱ってしまいやすくなります。

自分たちの施策でも試せる、最小の検証

大がかりな調査をしなくても、自分たちの状況で試せる小さな検証があります。

直近で導入したが形骸化した業務プロセスを1つ思い出し、実施記録や参加ログが残っていれば、導入からの実施率を時系列で並べてみてください。一度も一定水準に達していなければ「そもそも根付いていない」一定水準に達した後に下がっていれば「根付いたが弱まっている」と判定できます。記録が残っていない場合は、関係者に「最初の1か月はどうだったか」「その後どう変わったか」を尋ねるだけでも、同じ区別に近づけます。

判断の土台として押さえておくこと

  • 「定着するかどうか」と「どれくらい続くか」は別の課題:京都大学の研究は、この2つが少なくとも神経科学のレベルで別々の仕組みに支えられている可能性を示した
  • 「定着しない」を一括りに扱わない:立ち上げの失敗と維持の失敗は原因も対処も異なるため、まず時系列データか関係者へのヒアリングで、どちらの段階の問題かを切り分ける
  • マウス実験の知見を組織論にそのまま持ち込まない:借りているのは神経回路の詳細ではなく、「2つの異なる課題を1つとして扱っていないか」という診断の視点そのものである

次の一手判断疲れが積み重なると、なぜ重要な判断ほど雑になるのかナッジ理論の研究から学ぶ:行動を変える小さな仕掛けの科学ナッジ理論とは?意味と実践例

この記事で扱わなかったこと

発見された神経回路の解剖学的な詳細(具体的にどの脳領域のどの経路が関わるか)や、強迫症など病的な習慣メカニズムへの応用可能性には、この記事では踏み込んでいません。扱ったのは、「習慣化」と「習慣化後の維持」を分けて診断する視点と、それを組織のルーティン設計にどう補助線として使えるかという実務的な論点です。


この記事で扱ったような、自社の施策が「根付いていない」のか「弱まっている」のかを整理したい場合は、無料診断ツールで状況を言語化するところから始めることができます。

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