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統計・データサイエンス

「導入した企業は生産性が低い」は導入の結果か|RIETIの分析に学ぶ、比較表を因果と読み違えない手順

2026年9月24日
10分で読めます
「導入した企業は生産性が低い」は導入の結果か|RIETIの分析に学ぶ、比較表を因果と読み違えない手順

この記事の結論

「導入企業は非導入企業より生産性が低い」という比較表は、導入の結果を示しているとは限りません。 経済産業研究所(RIETI)の分析が横断面の比較と前後の変化を分けて示した結果を手がかりに、 調査の比較表を投資判断に使う前に確かめたい3つの問いを整理します。

「導入した企業は生産性が低い」は導入の結果か|RIETIの分析に学ぶ、比較表を因果と読み違えない手順

業界レポートや調査資料には、よく「導入企業」と「非導入企業」を並べた比較表が載っています。導入企業のほうが売上成長率が高い、あるいは生産性が低い。その表を見て「導入すれば伸びる」「導入すると生産性が下がる」と読みたくなるのは自然なことです。

ただ、その比較表が答えているのは、多くの場合「導入すると何が変わるか」ではありません。「どんな企業が導入しているか」です。この2つは似ていますが、別の問いです。

この記事では、経済産業研究所(RIETI)が2026年9月に公開したディスカッション・ペーパー(研究者が議論のために公開する論文)のノンテクニカルサマリーを手がかりに、この2つの問いを実データでどう分けるのかを見ていきます。題材は外国人雇用ですが、本記事は政策の是非を論じるものではなく、比較表の読み方の教材として扱います。

30秒で要点

  • 「導入企業と非導入企業」をある時点で並べた比較(横断面の比較)は、選択の問い(どんな企業が導入するか)に答えている
  • 「導入の前後で何が変わったか」を比較対象と並べて見る分析は、効果の問い(導入すると何が変わるか)に近づくための方法
  • RIETIの分析では、横断面では雇用企業の労働生産性が低く見えたが、前後の変化では非雇用企業との有意な差がみられなかった
  • 著者は、低生産性は雇用の結果ではなく雇用前からの企業間の差を反映していると「考えられる」と推論している
  • 調査の比較表を判断に使う前に、「横断面か、前後の変化か」「導入前の値はあるか」「比較対象の変化はあるか」の3点を確かめる

用語意味
横断面の比較ある一時点で、異なる企業どうしを並べて比べること
イベントスタディある出来事(ここでは外国人の雇用開始)の前後で指標がどう変化したかを、出来事が起きなかった企業の変化と並べて見る分析方法
sorting(ソーティング)本記事の文脈では、外国人雇用が特定のタイプの企業に集まる「企業間の振り分け」
segregation(セグリゲーション)本記事の文脈では、同じ企業の中で外国人と日本人の仕事や処遇が分かれる「企業内の分離」
有意な差偶然のばらつきでは説明しにくいと統計的に判断できる差

取り上げる分析は何を調べたのか

扱うのは、RIETIのディスカッション・ペーパー 26-J-035「特定技能外国人雇用の客観的効果と主観的評価」(橋本由紀、2026年9月)です。研究プロジェクト「総合的EBPM研究」の一環で、特定技能外国人を雇用する製造業の事業所へのアンケート調査と、国の統計である「法人企業統計調査」「賃金構造基本統計調査」を組み合わせて分析しています。

先に一つ断っておくべきことがあります。本記事が引用しているのは論文本体ではなく、ノンテクニカルサマリーです。このサマリーの冒頭には「政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません」と明記されています。図表の推定値や標本の大きさは本記事では確認できていないため、数値は引用せず、分析の構造だけを借ります

論文本体(PDF)はRIETIのサイトで公開されています。

同じデータから、2つの違う問いに答えている

この分析の面白さは、同じ企業群について、問いの立て方を変えた2つの分析が並んでいることです。

1つ目の分析:ある時点で並べると、雇用企業の生産性は低い

1つ目は、外国人を雇用している企業と雇用していない企業を比べた分析です。外国人雇用企業は「特定技能外国人・技能実習生のみ」「高技能人材のみ」「併用」の3つに分けられています。

その結果、特定技能外国人や技能実習生は、労働分配率が高く、労働生産性や日本人従業員の賃金が低い企業に雇用される傾向がみられました。

ここで使われている指標を定義しておきます。

  • 労働生産性(一人当付加価値額): 分子は企業が生み出した付加価値額、分母は従業員数。単位は「円/人」。1人あたりどれだけの価値を生んでいるかを表す
  • 労働分配率: 一般には、分子が人件費、分母が付加価値額。単位は%。生み出した価値のうち、どれだけが働く人への支払いに回っているかを表す

この結果だけを見れば、「外国人を雇用すると生産性が下がる」と読みたくなります。1つ目の分析は、そう読みたくなる典型的な比較表です。

2つ目の分析:雇用の前後で変化を追うと、差は見えなかった

2つ目は、イベントスタディです。雇用を始めた企業について、雇用の前後で指標がどう変わったかを、雇用していない企業の変化と比べています。

結果は、雇用後に一人当たり賃金は低下したものの、売上高・労働分配率・労働生産性の変化には、外国人を雇用しない企業との有意な差はみられなかった、というものでした。

もし「雇用したから生産性が下がった」のであれば、雇用の前後で生産性が相対的に落ちるはずです。ところが、前後の変化にはその差が見えなかった。

2つを並べると、著者は何を結論したか

著者は2つの分析を合わせて、特定技能外国人・技能実習生の雇用は、企業内の分離(segregation)よりも、低賃金・労働集約的な企業への集中(sorting)で特徴づけられると結論しています。そして、外国人雇用企業の相対的な低生産性は「外国人雇用の結果ではなく、雇用前からの企業間の差を反映していると考えられる」と書いています。

あわせて、企業の中では従来日本人が担っていた職務の一部を外国人が担うようになり、労働者の構成を変えつつ売上高や生産性を維持していたことが「うかがえる」とも述べています。

ここで注意したいのは、著者自身が「考えられる」「うかがえる」という推論の形で書いていることです。本記事でも、これを「証明された」とは扱いません。

なぜ比較表を「導入の結果」と読んでしまうのか

横断面の比較表を因果として読んでしまうのは、読み手の不注意というより、表の形がそう読ませるからです。

1つ目の理由は、表の見出しが「導入の有無」になっていることです。行や列のラベルが「導入企業/非導入企業」だと、読み手の頭の中では自然に「導入 → 結果」という矢印が引かれます。実際には「どんな企業が導入を選んだか」という矢印も同じ表に含まれているのに、ラベルがその可能性を隠します。

2つ目の理由は、判断する側が「効果」を知りたいことです。投資判断をしようとしている人が知りたいのは「導入したら自社はどうなるか」です。手元にある表がその問いに答えていなくても、答えてくれているように読みたくなります。

3つ目の理由は、導入前の状態が表に載っていないことです。横断面の表には「今」しか写っていません。導入企業がもともとどんな状態だったかが見えないため、「今の差」がすべて導入によって生まれたように見えてしまいます。

RIETIの分析が教材として優れているのは、この3つ目を2つ目の分析で補っている点です。前後の変化を見た結果、横断面でみられた生産性の差は「導入の結果」ではなく「導入した企業のもともとの性質」を反映している、と著者は推論しています。

確かなことと、まだ確かではないこと

確かなこと(ノンテクニカルサマリーの記載による):

  • 横断面の比較では、特定技能外国人・技能実習生を雇用する企業は、労働分配率が高く、労働生産性や日本人従業員の賃金が低い傾向がみられた
  • イベントスタディでは、雇用後に一人当たり賃金は低下したが、売上高・労働分配率・労働生産性の変化に非雇用企業との有意な差はみられなかった
  • 著者は、sorting で特徴づけられると結論している

まだ確かではないこと:

  • 推定値の大きさや標本の大きさ。本記事では論文本体の図表の数値を確認できていない
  • 「有意な差がみられなかった」ことが「効果がゼロ」を意味するかどうか。差を検出できなかったことと、差が存在しないことは同じではない
  • イベントスタディで選択の影響を十分に取り除けているか。一般に、前後の変化を比べる方法でも、導入企業がもともと違う伸び方をしていた場合には結果が偏る可能性がある
  • 一人当たり賃金の低下が何によるものか。本記事ではこの点の解釈に踏み込まない

AI導入の比較表にも同じ読み方が使えるか

ここからは仮説です。RIETIの分析が示したのは、製造業における特定技能外国人・技能実習生の雇用という1つのケースに限られます。AI導入でも同じ sorting が起きていると主張する根拠は、本記事にはありません。

それでも、読み方の型は借りられます。たとえば「AI導入企業は非導入企業より売上成長率が高い」という比較表を見たとき、そこには少なくとも2つの説明がありえます。

  • AIを導入したから、成長率が上がった(効果の説明)
  • もともと成長していて投資余力のある企業が、AIを導入しやすかった(選択の説明)

横断面の表だけでは、この2つを区別できません。区別するには、導入前の値と、比較対象の前後の変化が必要です。RIETIの分析が扱った外国人雇用のケースでは、選択の説明のほうが実態に近い可能性が示されました。AI導入の比較表でどちらが近いかは、そのデータを見るまで分かりません。

因果を取り出す考え方の全体像は因果推論とは?相関と因果関係の違いで、前後の変化を比べる手法の選び方は効果検証で「差分の差分法」と「傾向スコア」のどちらを使うかで扱っています。

調査の比較表を判断に使う前の3つの問い

比較表を投資判断や提案の根拠にする前に、それが「選択の問い」と「効果の問い」のどちらに答えているかを確かめること。 そのために、次の3つを順に確認します。

  1. この比較は、ある一時点の横断面か、前後の変化か。 横断面なら、答えているのは主に「どんな企業が導入しているか」
  2. 導入前の値が示されているか。 示されていなければ、今の差が導入前から存在した可能性を排除できない
  3. 比較対象(導入していない企業)の同じ期間の変化が示されているか。 導入企業の変化だけでは、景気や業界全体の動きと区別できない

3つとも「いいえ」なら、その表は効果の根拠としては弱い、と判断できます。表そのものが間違っているわけではありません。別の問いに答えているだけです。

自分でも試せる、最小の検証

いま手元にある調査資料やレポートから、「導入企業と非導入企業」を比べている図表を1つ選んでください。そのうえで、図表の下に次の2行を書き足します。

  • 「この図表が答えている問い:____(選択の問い/効果の問い)」
  • 「導入前の値:あり/なし 比較対象の変化:あり/なし」

書き足してみると、「効果の問い」に答えていると思っていた図表が、実は「選択の問い」にしか答えていなかったと気づくことがあります。そう気づいた時点で、その図表を「導入すれば〇〇になる」という根拠から、「〇〇な企業が導入している」という事実の記述へ格下げできます。それだけで、判断の土台が一段確かになります。


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