情報を集めても決められないのは、不確実性ではなく「証拠の差」を探しているから
見積もりを3社取ったのに決められない。競合調査を重ねたのに、結局どちらの施策を優先すべきか固まらない。こうした「情報を集めるほど、逆に決めにくくなる」感覚に、心当たりがある人は少なくないはずです。多くの場合、この感覚は「まだ不確実性が高いからだ」と説明されます。もっと調べれば、もっとデータを集めれば、不確実性が下がって決断できるはずだ、という理解です。
Nature Neuroscience誌に掲載されたある脳科学研究は、この説明に対して別の見方を示しました。人が情報を探すときに実際に最適化しているのは、個々の選択肢についての不確実性を下げることではなく、比較している選択肢どうしの「証拠の差を埋めること」かもしれない、という報告です。この記事では、この研究が明らかにしたことと、まだ明らかにしていないことを分けたうえで、「比較対象が薄いと不安になる」という実務の感覚の正体を整理します。
30秒で要点
- Nature Neuroscience誌に掲載された研究が、深層学習と記号回帰を組み合わせて、人の情報探索行動を予測する解釈可能な数式を導き出した
- その数式が示したのは、人が最適化しているのは個々の選択肢の不確実性の低減ではなく、選択肢どうしの「証拠の対称性」(比較材料の量や強さが釣り合っている状態)だという点
- この2つは似ているようで別の問い。不確実性の低減は「1つの選択肢にどれだけ自信が持てるか」、証拠の対称性は「複数の選択肢を比べる材料が釣り合っているか」を問う
- 実務での「情報を集めても決められない」という感覚は、不確実性の残量ではなく、比較対象間の証拠の偏りが原因になっている可能性がある
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 証拠の対称性 | 比較している選択肢どうしのあいだで、判断材料(証拠)の量や強さが釣り合っている状態。この記事における「情報の価値」を測る軸 |
| 不確実性の低減 | ある1つの選択肢について、情報を増やすことでその選択肢自体への自信・確信度を高めること |
| 記号回帰 | 大量のデータから、そのパターンを説明する数式そのものを自動的に導き出す解析手法 |
何が明らかになったか
研究チームは、参加者に複数の選択肢を提示し、「このまま選ぶか、追加の情報を集めるか」を判断させる課題を行わせました。このとき、7T fMRI(磁場強度7テスラの、通常の臨床用MRIより高精度な脳機能イメージング装置)を用いて、大脳皮質だけでなく脳幹・中脳まで含めた脳活動を同時に計測しています。
この実験データに、深層学習モデルと記号回帰を組み合わせた手法を適用し、人の情報探索行動を予測できる数式を導き出しました。記号回帰とは、単に「予測が当たるモデル」を作るのではなく、そのモデルの中身を人が読める数式の形にまで単純化する手法です。ブラックボックスの予測器ではなく、「何が情報探索の量を決めているか」を解釈できる形で示せる点に、この手法の意味があります。
その数式が示したのは、人が情報を探す量を左右していたのは、選択肢ごとの不確実性の大きさではなく、選択肢どうしの証拠の差だったという結果です。言い換えると、ある選択肢について「まだよく分からない」という感覚があっても、比較しているもう一方の選択肢についても同じくらい「よく分からない」状態であれば、人はそこまで強く追加情報を求めません。逆に、片方の選択肢についての判断材料だけが極端に薄いとき、人は情報探索を続けようとする傾向が強くなりました。
「不確実性を減らす」と「証拠の対称性を探す」は、何が違うのか
この2つは、言葉としては近く聞こえますが、問うている中身が異なります。
不確実性の低減が問うのは、「選択肢Aについて、私はどれだけ自信を持って判断できるか」です。情報を増やせば増やすほど、Aという選択肢そのものへの理解が深まり、確信度が上がっていくという発想です。1つの選択肢を単独で見たときの「解像度」の問題だと言えます。
証拠の対称性が問うのは、「選択肢Aと選択肢Bを比べたとき、判断材料の量や強さが釣り合っているか」です。Aについてどれだけ詳しく分かっているかではなく、AとBのあいだの情報の「落差」が問題になります。極端な例で言えば、Aについては詳細な実績データが10件あり、Bについては口コミが1件しかない状態は、Aの不確実性がどれほど低くても、比較としては非対称です。この非対称さそのものが、人に「情報が足りない」という感覚を生んでいる可能性がある、というのがこの研究の示唆です。
この違いを混同すると、対策の方向を誤ります。「不確実性が原因だ」と考えれば、対策は「もっと調べて解像度を上げる」になります。しかし原因が「証拠の非対称性」だとすれば、対策は解像度を上げることではなく、比較対象どうしの判断材料の水準を揃えることになります。前者の対策をいくら重ねても、比較の土台が崩れたままでは、決めにくさは解消しません。
なぜ「情報を集めれば決められる」と考えてしまうのか
「情報が足りないから決められない」という説明は、実務の現場で最も選ばれやすい説明の一つです。理由はいくつか考えられます。
一つは、情報を集めるという行動自体が、判断に近づいている実感を与えることです。追加の資料を読む、もう1社見積もりを取る、といった行動は、目に見える「前進」として認識されやすく、実際に比較の土台が整っているかどうかとは別に、安心感を生みます。
もう一つは、「情報不足」という説明が、判断が固まらない理由を自分の外側に置けることです。「まだデータが足りないから」という理由は、「比較の設計が崩れている」という理由よりも扱いやすく、次に何をすればよいかも分かりやすく見えます。仮に本当の原因が比較対象間の証拠の偏りだったとしても、その偏りに気づくには、集めている情報の「中身」を選択肢ごとに並べて見る必要があり、単に「もっと集める」よりも一段階、手間のかかる作業になります。
さらに、比較対象の一方については詳しい情報を持っている状態で追加情報を求め続けると、結果として詳しい側についての情報だけがさらに積み上がり、非対称性はむしろ拡大します。これは、優柔不断や完璧主義という性格の問題として片づけられがちですが、比較の土台が崩れているときに起きる、構造的な反応として捉え直すことができます。
証拠の非対称性が起きやすい実務の場面
この仮説に沿って実務を振り返ると、比較対象間の証拠が非対称になりやすい場面には、いくつかの共通パターンがあります。
- 取引先・外注先の比較:既存の取引先については過去の実績や担当者の評判といった判断材料が豊富にある一方、新規の候補については提案資料しかない、という状態。判断材料の量そのものが最初から釣り合っていません。
- 施策の優先順位づけ:すでに運用しているA施策には効果測定のデータが蓄積している一方、検討中のB施策には仮説段階の見込み数値しかない、という状態。A施策のほうが「情報が多いから優れている」ように見えてしまいますが、これは証拠の量の差であって、施策自体の優劣とは限りません。
- 採用候補者の比較:社内で長く働いている人物への評価は日々の観察に基づく厚みのある情報がある一方、面接数回で判断する候補者は情報が薄い、という状態。この非対称性を「候補者への不安」と感じてしまうことがあります。
いずれの場面でも、「もっと調べる」という反応は、情報が薄い側にだけ材料を足す形で終わりがちです。しかしそれでは、厚い側との差はむしろ広がることがあります。優先すべきは、薄い側の情報を、厚い側と比較可能な水準まで引き上げることです。
確かなことと、まだ確立していないこと
確かなこと
- Nature Neuroscience誌に、7T fMRIによる脳幹・中脳を含む脳活動の計測と、深層学習・記号回帰を組み合わせた解析手法を用いた、査読済みの研究が掲載されている
- この研究が対象にしたのは、画面上に提示された選択肢について、追加情報を探すかどうかを判断する、知覚的な情報探索課題である
- 導出された数式は、人の情報探索量を予測する要因として、個々の選択肢の不確実性よりも、選択肢どうしの証拠の対称性のほうが説明力を持つことを示している
まだ確立していないこと
- 今回の研究は知覚レベルの情報探索課題を対象にしたものであり、複数の利害関係者が絡み、判断材料が数値化しにくい複雑なビジネスの意思決定に、同じ仕組みがそのまま当てはまるかどうかは、この研究だけでは確認されていない
- 「実務での情報収集の行き詰まりも、証拠の非対称性が原因である可能性が高い」という本記事の指摘は、論文が直接検証した主張ではなく、本記事側が置いた仮説である
- どの程度の非対称性であれば人が「情報が足りない」と感じ始めるのか、その境界値のようなものは、今回の研究の範囲では明らかになっていない
判断軸の提示:何と何を比べているかを、先に言葉にする
この研究の示唆を実務に落とすなら、判断軸は次のように整理できます。
情報収集が止まらないと感じたとき、まず「不確実性が高いから」と考える前に、「自分は今、何と何を比較しようとしているか」を言葉にしてみることです。比較対象が2つ以上あるなら、それぞれについて手元にある判断材料を並べてみます。片方についてだけ資料が厚く、もう片方がほとんど白紙に近い状態であれば、必要なのは「もっと調べる」ことではなく、手薄な側の判断材料を、厚い側と比較可能な水準まで引き上げることです。厚い側をさらに調べても、比較の非対称性は縮まりません。
逆に、両方の選択肢について、すでにある程度の判断材料が揃っているにもかかわらず決められない場合は、原因が証拠の非対称性ではない可能性が高くなります。その場合は、情報量ではなく、判断基準そのもの(何を優先するか)が定まっていないことを疑うほうが筋が通ります。
自分の判断でも試せる、最小の検証
直近で、情報を集めすぎたと感じた意思決定の場面を1つ思い出してください。何かを選ぶ前に、資料を読み込んだり、追加のヒアリングをしたりした場面です。
そのときに自分が比較しようとしていた選択肢を2つ書き出し、それぞれについて、判断の根拠にしていた材料(実績・数値・第三者の評価・自分の経験など)を箇条書きにしてみてください。片方の箇条書きが明らかに短く、もう片方が長いなら、当時感じていた「決められなさ」は、不確実性そのものよりも、比較材料の偏りから来ていた可能性があります。次に似た場面が来たとき、この書き出しを先にやってみることが、最小の検証になります。
混同しやすい用語を整理する
- 証拠の対称性と、単なる情報量の多さは別物:情報量を増やしても、比較対象の両方に均等に増やさなければ対称性は改善しません。片方だけを厚くする情報収集は、証拠の対称性という観点では逆効果になり得ます。
- 証拠の対称性と、確証バイアスも別物:確証バイアスは、すでに持っている仮説や結論に都合のよい情報ばかりを集めてしまう傾向を指します。今回の証拠の対称性は、どちらの選択肢を支持するかとは関係なく、比較材料の量そのものが選択肢間で釣り合っているかを問う概念です。両者は同時に起きることもありますが、指している現象は異なります。
本記事は、選択肢どうしの証拠の対称性という視点から「情報を集めても決められない」感覚を整理することに特化しています。実際の意思決定では、判断基準の優先順位や組織内の合意形成など、他の要因も絡むため、不確実性を前提に、仮説と検証を回し続けるということやデータドリブン意思決定とあわせて、自社の状況に合わせた判断をおすすめします。
判断の土台として押さえておくこと
- 「情報が足りない」感覚の原因は、不確実性とは限らない:選択肢どうしの証拠の対称性が崩れているときに、同じ感覚が生まれている可能性がある
- 不確実性の低減と証拠の対称性は別の問い:前者は1つの選択肢への自信、後者は選択肢間の比較材料の釣り合いを問う。混同すると対策の方向を誤る
- 知覚課題の研究であり、複雑な業務判断への外挿は仮説にとどまる:研究が示したのは知覚レベルの情報探索行動であり、ビジネス判断への応用は本記事側の仮説として扱う
次の一手:不確実性を前提に、仮説と検証を回し続けるということ/データドリブン意思決定:ビジネスと統計学の融合/確証バイアスを克服し、合理的な意思決定を行うために
この記事で扱わなかったこと
7T fMRIによる脳幹・中脳の計測手法の技術的な詳細や、記号回帰による数式導出の数理的な仕組みには、この記事では踏み込んでいません。扱ったのは、この研究が示した「不確実性の低減」と「証拠の対称性」の区別と、実務での情報収集への示唆です。手法の詳細に関心がある場合は、一次論文にあたることをおすすめします。
この記事で扱ったような、情報を集めても決められない状態が、不確実性の不足なのか比較材料の偏りなのかを自社の状況に照らして整理したい場合は、無料診断ツールで状況を言語化するところから始めることができます。
状況を整理する(15分)