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自信の強さは、その人の能力ではなく「場の見えなさ」を測っているのかもしれない

2026年8月29日
最終更新: 2026年8月29日
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自信の強さは、その人の能力ではなく「場の見えなさ」を測っているのかもしれない

自信の強さは、その人の能力ではなく「場の見えなさ」を測っているのかもしれない

「できない人ほど、自分をできると思っている」——この見方は、いまやビジネスの会話にも定着しています。採用面接で自信満々に語る候補者を見て、内心で警戒する。提案の場で言い切る相手を、かえって疑わしく感じる。

ところが、この定着した見方そのものが、統計の扱い方が生んだ幻だったとしたらどうでしょうか。

この記事では、その主張をしている研究の発表を手がかりに、「自信を判断材料にしてよいのか」という問いを考え直します。

出典はバース大学が2026年7月27日に公開したアナウンスです。

情報源について、先に3つ断っておきます。

1つ目:本記事が確認できたのは大学のアナウンス(プレスリリース)であり、原著論文そのものは取得できていません。 したがって「論文はこう書いている」という形の記述は避け、「大学の発表によれば」という形で書きます。

2つ目:これは論争の一方の側です。長年支持されてきた知見に対して、ある研究チームが異議を唱えたという段階であり、学界の合意ではありません。

3つ目:したがってこの記事は、「どちらが正しいか」を判定するものではありません。自信という手がかりを、私たちがどう扱ってきたかを問い直すために読んでください。

30秒で要点

  • バース大学が2026年7月27日に公開した発表によれば、Chris Dawson教授(University of Bath)とDavid de Meza教授(LSE)の研究がPsychological Review誌に掲載された
  • 同研究は、高い能力を持つ人ほど最も過信する傾向があるとし、従来の主張を反転させるものだと説明されている
  • 研究者らは、古典的な知見が人間の本性ではなく「欠陥のある統計分析による人工物」だと論じている
  • de Meza教授は「参加者をテストの点数だけで並べ替えることは、データを数学的に歪めて偽の心理現象を作り出す」と述べている
  • 修正した分析では、過信は「そうでなければ隠れたままの能力を示そうとする試み」に部分的に由来し、この仕組みは高い能力を持つ人にとって最も動機づけられるとされる

用語意味
過信(overconfidence)自分の能力や正しさを、実際より高く見積もっている状態
人工物(artefact)測り方や分析の手続きそのものが生み出してしまった、実在しない見かけ上のパターン
シグナリング直接は見えない自分の性質を、相手に伝わる形で示そうとする行動
測定誤差同じ人を測っても毎回わずかに違う値が出る、測定につきまとうぶれ

何が反転したのか

発表によれば、この研究の主張はこうです。高い能力を持つ人ほど、最も過信する傾向がある。

これは、広く知られている見方とちょうど逆です。従来の見方では、能力の低い人が「自分は平均以上だ」と考えやすく、能力の高い人はむしろ自分を控えめに見積もる、とされてきました。

研究者らは、この古典的な発見について「人間の本性ではなく、欠陥のある統計分析による人工物」だと論じています。つまり、そういう心理現象が本当にあったのではなく、データをそう見えるように処理していただけだという主張です。

「点数で並べ替える」という操作が生むもの

では、統計の何が問題だとされているのか。発表に載っているde Meza教授の説明が、この研究の核心を短く示しています。

まず前提として、テストの点数は本質的に変動しやすいものだと述べられています。運の要素があり、設問の言い回しにも左右される。同じ人が同じ日に別の問題を解けば、違う点数が出ます。

そのうえで、こう述べています。「参加者をテストの点数だけで並べ替えることは、データを数学的に歪めて偽の心理現象を作り出す。

この一文が指しているのは、測り方の構造です。点数にぶれが含まれているとき、「たまたま低く出た人」は下位グループに、「たまたま高く出た人」は上位グループに入りやすくなります。すると下位グループの平均は、その人たちの本当の実力より低い側に寄り、上位グループはその逆になります。

自己評価は本当の実力に近い値を答えているのに、比較対象である点数のほうがぶれている。 その状態で両者の差を取れば、下位では「実力より自己評価が高い」ように、上位では「実力より自己評価が低い」ように見える——という筋道です。

この説明が正しいかどうかを、本記事は判定できません。ただ、測り方が結論を作りうるという指摘そのものは、判断の道具として持っておく価値があります。

過信は、何を伝えようとしている行動なのか

もうひとつ、この研究が提示しているとされる見方があります。

発表によれば、修正した分析では、過信は「そうでなければ隠れたままの能力を示そうとする試み」に部分的に由来するとされます。そして、この仕組みは高い能力を持つ人にとって最も動機づけられる、と説明されています。

ここで、自信の位置づけが変わります。従来の見方では、自信はその人の中にある状態——自分の実力をどう認識しているか——でした。この見方では、自信は相手に向けた行動になります。伝わっていない能力を伝えようとする働きかけです。

だとすると、自信の強さが増える条件は「能力が低いこと」ではなく、能力が見えにくいことになります。実力が黙っていても伝わる場では、わざわざ示す必要がありません。伝わらない場でこそ、示す動機が生まれます。そして示すだけの中身を持っている人ほど、示す誘因が大きい。

自信は、その人を測っているのではなく、その場の見えなさを測っているのかもしれない。 これがこの記事のタイトルに置いた仮説です。念のため書いておくと、この言い換え自体は本記事の解釈であり、発表にこの表現があるわけではありません。

なぜ「自信のある人は疑わしい」と考えたくなるのか

従来の見方がこれほど広まった理由も、考えておく価値があります。

ひとつは、この見方が使いやすいことです。判断に迷ったとき、「自信満々の人は要注意」という経験則は、その場で適用できます。相手の実力を評価するのは難しいが、自信の度合いは見て取れる。測りにくいものの代わりに、測りやすいものを使うという置き換えが働きます。

もうひとつは、心当たりのある例を思い出しやすいことです。根拠なく言い切っていた人が失敗した場面は、印象に残ります。逆に、控えめに話していた人が実は優秀だった、という例も記憶に残る。一方で、自信があって実際に優秀だった人は、当たり前として記憶に残りません。記憶に残りやすい例だけを数えると、経験則は補強され続けます。

そして三つ目に、この経験則には気持ちのよさがあるという側面があります。声の大きい人が実は分かっていない、という構図は、静かに仕事をしている側から見て、収まりのよい話です。収まりのよい話は、検証されずに流通します。

確かなことと、まだ確かではないこと

確かなこと:バース大学が2026年7月27日にこのアナウンスを公開したこと。Dawson教授とde Meza教授の研究がPsychological Review誌に掲載されたと発表されていること。高い能力を持つ人ほど最も過信するという主張がなされていること。古典的な知見を統計分析の人工物だと論じていること。de Meza教授の引用文の内容。過信をシグナリングとして説明する見方が提示されていること。

まだ確かではないこと原著論文を読んでいません。 統計的な再分析の具体的な手法、データ、サンプルサイズ、効果量は一切確認していません。したがって、この主張の妥当性を本記事は評価できません。また、これは長く支持されてきた知見に対する異議申し立ての一方の側であり、他の研究者がどう応答するかも本記事の範囲外です。「従来の効果は存在しなかった」という断定はしていません。

それでも、自信をどう扱うかについて

この研究の是非が決まるのを待つ必要は、実務上はありません。どちらが正しかったとしても、共通して言えることがあるからです。

従来の見方が正しいなら、自信は能力と負の関係にあります。新しい主張が正しいなら、正の関係にあります。どちらにせよ、自信と能力の関係は一定ではないということになります。そして関係の向きすら専門家のあいだで争われているものを、面接や商談の場で判断材料として使うのは、かなり危うい橋です。

私たちが自信を手がかりにしてきたのは、能力そのものが見えにくいからでした。見えにくいものの代わりに、見えるものを使う。この置き換えは、置き換えだと自覚している限りは有効な工夫です。問題は、置き換えたことを忘れて、自信そのものを評価しているつもりになることのほうにあります。

そして、もし過信がシグナリングだとすれば、対処の方向も変わります。相手の自信を割り引いて解釈するのではなく、能力が伝わる形を、こちらが用意するという方向です。示す必要がなければ、示す行動も減ります。

判断軸の提示

相手の自信の強さを読む前に、「この場では、実力が自信以外の形で伝わるようになっているか」を確認すること。

自信は、それを表明する場の性質に依存します。だとすれば、見るべき対象は相手ではなく、こちらが用意した場のほうになります。

確認の順序としては、次のようになります。

  1. この場で、相手は何を根拠に評価されると思っているか — 話し方だと思われているなら、話し方が磨かれる
  2. 実力が現れる形式を用意しているか — 実際の作業、過去の成果物、具体的な状況への回答など
  3. 自信の度合いを、どこかで点数化していないか — 「熱意が感じられた」等の評価項目は、自信の言い換えになっていることがある
  4. 自信が低い人を、見落としていないか — シグナリングの見方に立つなら、示さない人は「示す必要がない場にいた人」かもしれない

4番目は、従来の見方ではまったく出てこない問いです。どちらの見方を採るかで、見落としの方向が変わります。

自分でも試せる、最小の検証

直近の採用面接か、外部パートナーの選定を1件思い出してください。そのうえで、評価メモの中から「自信」「熱意」「堂々としていた」に類する記述を数えます。 次に、「具体的な作業や成果物にもとづく記述」を数えます。

前者のほうが多いなら、その判断は相手の実力ではなく、実力の見せ方を評価していた可能性があります。次の一歩は、評価項目を1つだけ、その場で実際にやってもらう作業に置き換えてみることです。自信を割り引いて読む技術を磨くより、自信に頼らずに済む場を作るほうが、再現性があります。


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