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数字を見誤るのは人間だけではない。マカクとカラスに共通する数値判断バイアス

2026年8月1日
最終更新: 2026年8月1日
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数字を見誤るのは人間だけではない。マカクとカラスに共通する数値判断バイアス

数字を見誤るのは人間だけではない。マカクとカラスに共通する数値判断バイアス

「もっと注意すれば、数字を見誤ることはなくなる」——データを扱う仕事をしていると、一度はそう考えたことがあるはずです。売上の見積もりが甘くなる、グラフの傾きを実際より急に感じる、といった経験は、多くの場合「集中力が足りなかった」「訓練が足りなかった」という反省で片づけられます。

2025年10月、この前提に疑問を投げかける研究がPNAS(米国科学アカデミー紀要)に発表されました。マカクザルとハシボソガラスという、進化的に大きく離れた2種の動物に、人間と共通する数値判断のバイアスが確認されたのです。この記事では、この研究が明らかにしたことと、まだ明らかにしていないことを分けたうえで、データドリブンな意思決定への示唆を整理します。

30秒で要点

  • 2025年10月、PNAS誌に掲載された研究が、マカクザルとハシボソガラスに、人間の数量推定でも見られる複数のバイアスパターンが共通して存在することを報告した
  • 確認されたのは主に「平均への回帰(中心化傾向)」(小さい数量を過大に、大きい数量を過小に見積もる傾向)と「逐次効果」(直前に見た数量の影響を受けて、今回の推定が引きずられる傾向)
  • この2種の動物と人間の共通の祖先は数千万年以上前に分岐しており、種を超えて似たバイアスが見られることは、これらが学習不足による誤りではなく、数量を知覚する仕組みそのものに根ざした制約である可能性を示唆する
  • 対策の方向性は「個人の注意力を上げる」ことではなく、「バイアスが混入する前提で仕組みを設計する」ことに向けたほうが現実的

用語意味
数量弁別課題提示された物の数・量を判断させる実験手法
平均への回帰(中心化傾向)数量を推定するとき、小さい値を実際より大きく、大きい値を実際より小さく見積もる知覚上の傾向
逐次効果直前に見た・判断した数量の影響を受けて、今回の推定結果が引きずられる現象
ベイズモデル(事前分布)過去の経験から形成された「だいたいこれくらいだろう」という予測(事前分布)が、新しい情報の解釈に影響するという考え方の数理モデル

何が明らかになったか

研究チームは、マカクザルとハシボソガラスに「視覚的な数量の見本合わせ課題」を行わせました。これは、まず一定量のドットなどを見せ(サンプル)、その後にそれより多い・少ない別の量を見せて、どちらがサンプルに近いかを判断させる課題です。

この実験から、人間の数量推定でもよく確認されるいくつかのバイアスパターンが、両種に共通して見られました。

発見1:数量が大きくなるほど推定のばらつきが大きくなる(スカラー変動性)

小さい数量の判断は比較的安定している一方、数量が大きくなるほど、推定の誤差やばらつきも大きくなる傾向が確認されました。これは人間の数量感覚でもよく知られたパターンです。

発見2:平均への回帰(中心化傾向)

実際には小さい数量を、やや大きめに見積もり、実際には大きい数量を、やや小さめに見積もる傾向が見られました。推定値が、経験してきた数量の分布の「真ん中あたり」に引き寄せられるようなパターンです。

発見3:逐次効果

直前の試行で見た数量が大きかったか小さかったかによって、今回の推定がその方向に引きずられる傾向も確認されました。

研究チームは、これらのパターンが、過去に経験した複数の数量から形成される「事前の予測(事前分布)」を柔軟に更新しながら判断するベイズ的なモデルによって、まとめて説明できることも示しています。

通俗理解との違いはどこにあるのか

数字を見誤ったとき、多くの人は「注意力が足りなかった」「経験不足だった」という理由で説明しようとします。この説明は間違いとは言い切れませんが、今回の研究が示すのは、それだけでは説明しきれない部分があるという点です。

マカクザルとハシボソガラスは、人間のように数字の概念や統計的な訓練を受けているわけではありません。それでも人間と似たパターンのバイアスが確認されたということは、少なくとも一部の数値バイアスは、「訓練すれば消える癖」ではなく、量を知覚し比較するという処理そのものに組み込まれた制約である可能性を示しています。「経験を積めばいずれ数字を正確に見積もれるようになる」という前提は、少なくともこのタイプのバイアスに関しては、単純には成り立たないかもしれません。

この制約はどこから来ると考えられるか

なぜ、系統的にこれほど離れた種のあいだで、似たパターンの数値バイアスが生まれるのでしょうか。ここは論文が直接検証した主張ではなく、本記事側の仮説として考えてみます。

最初に浮かぶ可能性は、「共通の祖先から受け継いだ仕組みだから」という説明です。しかしマカクザル(霊長類)とハシボソガラス(鳥類)の共通の祖先は、数億年前まで遡らないと存在しません。共通の祖先の段階で、すでにここまで精密な数量推定の仕組みが備わっていたと考えるのは、やや無理があります。

もう一つの可能性は、それぞれの種が独立に、似た環境上の課題に直面してきた結果、似た解決策にたどり着いたという見方です。餌となる食料の量を素早く見積もる、群れの規模を比較する、といった課題は、霊長類にも鳥類にも共通して存在します。限られた神経資源で「だいたいの量」を素早く判断する必要に迫られたとき、過去の経験から形成された予測(事前分布)に頼って推定を効率化するという解決策は、種を問わず合理的な着地点だったのかもしれません。だとすれば、平均への回帰や逐次効果は、不完全な仕組みの欠陥というより、限られた情報処理資源のなかで「だいたい合っている」推定を素早く出すための、効率化のトレードオフとして捉えたほうが実態に近い可能性があります。

どちらの説明が正しいかは、今回の研究だけでは判断できません。ここで重要なのは、いずれの仮説を取っても、「訓練すれば消える」という前提には疑問符がつくという点です。

確かなことと、まだ確立していないこと

確かなこと

  • 2025年10月、PNAS誌に、マカクザルとハシボソガラスを対象にした数量弁別課題の実験結果が、査読済み論文として掲載されている
  • 両種に、平均への回帰(中心化傾向)・逐次効果・スカラー変動性という、人間の数量推定でも報告されているパターンと類似したバイアスが確認されている
  • これらのバイアスパターンは、事前の予測を更新しながら判断するベイズモデルによって統一的に説明できることが示されている

まだ確立していないこと

  • 今回の実験は、あらかじめ設計された数量弁別課題という比較的単純な知覚判断であり、人間が仕事で行うような、複数の要因が絡む複雑な意思決定に、同じ仕組みがそのまま当てはまるかどうかは確認されていない
  • なぜ種を超えてこのバイアスが共通するのか(進化的に古い共通の起源を持つのか、それぞれの種で独立に似た仕組みが生まれたのか)という「原因」は、論文が直接検証した主張ではなく、本記事側で提示する仮説の域を出ません
  • マカクザル・ハシボソガラス・人間の3種以外の動物でも同様のバイアスが見られるかどうかは、今回の研究だけからは分かりません

混同しやすい用語を整理する

数値バイアスの話をするとき、似た言葉が混同されやすいため、ここで区別しておきます。

  • 平均への回帰(中心化傾向)と、統計でいう「平均への回帰」は別物:統計でいう「平均への回帰」は、たとえば好成績だった選手が翌シーズンに成績を落とす現象のように、極端な測定値が再測定時に平均へ近づいていく現象を指します。今回扱う「平均への回帰(中心化傾向)」は、それとは異なり、数量を推定するときに小さい値を過大に・大きい値を過小に見積もる、知覚・推定上のバイアスを指します。同じ「平均への回帰」という表現が違う現象に使われている点に注意が必要です。
  • 逐次効果と、アンカリング効果も別物アンカリング効果は、最初に提示された数字(多くの場合、判断対象とは無関係な数字)が基準点になり、その後の判断がそこから離れにくくなる現象です。今回の逐次効果は、直前の試行で経験した数量が、次の判断に影響を与えるという点で似ていますが、無関係な外部の数字ではなく、同じ課題の中で直前に経験した刺激が影響源である点が異なります。両者は「近くにある数字が判断を歪める」という点では共通しますが、影響源の性質が異なる別の現象として扱うのが適切です。

なぜ「もっと注意すれば防げる」と考えてしまうのか

数値バイアスを「注意力の問題」として片づけたくなるのには理由があります。

一つは、バイアスが意識できない形で発生することです。数量を見積もるとき、自分がどれだけ「平均寄り」に引っ張られているかを、判断している本人が自覚するのは困難です。自覚できない誤りは、「気をつければ直せるはずだ」という楽観的な理解に落ち着きやすくなります。

もう一つは、「注意すれば直せる」と考えるほうが、対策として手軽に感じられることです。仕組みを変える、チェック体制を作るといった対策は手間がかかりますが、「次からは気をつけよう」という対策は、その場で完結し、コストもかかりません。しかし今回の研究が示すように、バイアスの一部が知覚の設計に根ざした制約だとすれば、気をつけるだけでは解消しきれない可能性があります。

判断軸の提示:対策を「注意力」ではなく「仕組み」に向ける

この研究が、データを扱う実務にとって示唆するのは、数値バイアスへの対策を、個人の注意力の問題として扱うのではなく、「バイアスは構造的に混入するものだ」という前提で仕組みを設計するという視点です。

  • 複眼チェック:重要な数値の見積もりは、1人だけで完結させず、複数人で独立に見積もった後にすり合わせる
  • 可視化設計:グラフの軸のスケールや基準線を工夫し、「大きい値を過小評価しやすい」といった傾向が結果に混入しにくい表示形式を選ぶ
  • 遅延判断:直前に見た数字の影響(逐次効果)を受けにくくするため、重要な判断は、直前の数字を見た直後ではなく、一呼吸置いてから行う

これらはいずれも、「バイアスをゼロにする」ための対策ではなく、「バイアスが混入する前提で、その影響を薄める」ための仕組みです。

自分の判断でも試せる、最小の検証

大がかりな仕組みの見直しをしなくても、自社の現状を点検する最小の一歩があります。

自社で日常的に使っているダッシュボードや報告資料を1つ選び、そこに表示されている重要な数値のうち、1人だけの目視確認に頼っているものがどれだけあるかを数えてみてください。複数人でのチェックや、別の集計方法との突き合わせが行われていない数値が多いほど、平均への回帰や逐次効果のようなバイアスが、気づかれないまま意思決定に混入しているリスクが高いと考えられます。

判断の土台として押さえておくこと

  • 数値バイアスは人間だけの現象ではない:マカクザルとハシボソガラスにも、人間と共通するパターンのバイアスが確認されており、訓練不足だけでは説明しきれない、知覚の仕組みに根ざした制約である可能性がある
  • 「平均への回帰」「逐次効果」「アンカリング効果」は似て非なる概念:それぞれ影響源や性質が異なり、混同すると対策の方向を誤りやすい
  • 対策は「注意力」ではなく「仕組み」に向ける:複眼チェック・可視化設計・遅延判断など、バイアスが混入する前提での設計が現実的

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この記事で扱わなかったこと

数量弁別課題の詳細な実験手法や、ベイズモデルの数理的な導出には、この記事では踏み込んでいません。扱ったのは、この研究が示した数値バイアスの共通性と、データを扱う実務への示唆です。実験手法や統計モデルの詳細に関心がある場合は、一次論文にあたることをおすすめします。


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