分析レポートに「主要取引先の生産性は、この3年で改善しています」という一行が入ることがあります。この数字は、売上や従業員数と同じように「記録された数字」として扱ってよいのでしょうか。
最初は、扱ってよいと考えていました。生産性という言葉が指しているのは投入と産出の関係であり、どちらも帳簿に載っている。だから生産性も帳簿から計算できる——そう考えるのが素直です。しかし企業レベルの生産性指標の定義を確認すると、前提が崩れました。それは計算される量ではなく、推定される量です。推定には方法の選択が伴い、選択は結論まで引き継がれます。
先に、扱わない範囲を置いておきます。本記事が扱うのは企業レベルの生産性指標です。国全体の生産性統計は対象にしません。生産性の計算手順そのものや、どの推定方法が優れているかという比較も扱いません。扱うのは、推定された数字を受け取る側が、受け取った時点で何を確認できるかだけです。
本記事が立てる仮説はこれです——生産性の数字が「観測された事実」のように流通してしまうのは、それが売上や人数とまったく同じ形式で表に並ぶからではないか。列の見た目は同じでも、片方は数えた結果で、もう片方は仮定を置いて引き算した結果です。
30秒で要点
- 企業レベルの全要素生産性(TFP)は残差として定義される。観測される量ではなく、推定される量である
- 基準の指標を別の指標に置き換えると、企業年の15.9%〜33.2%が生産性の四分位をまたいで移動する(中国A株上場企業の標本)
- 順位相関が高いことと、大量の再分類が起きることは両立する。相関係数だけでは入れ替わりが見えない
- 同じデータ・同じ回帰式でも、使う指標の系統によって係数の符号が入れ替わった例がある
- ただしその食い違いは「推定量の不一致」だけではない。系統によって測っている対象そのものが違う
「生産性」という数字が、どこから来ているのか
参照するのは、Mathematics 誌に掲載された論文 Productivity Measurement and Downstream Inference(Mathematics 14(21), 3900 / DOI: 10.3390/math14213900)です。掲載ページの Publication History 欄では、受理が2026年10月19日、公開が2026年10月26日と表示されています(2026年10月31日に確認)。
この論文の冒頭の一文が、そのまま本記事の出発点です——企業レベルの全要素生産性は観測されない。推定されるものであり、応用の回帰分析はその選択を引き継ぐ。
全要素生産性(TFP) とは、投入の量だけでは説明できない産出の部分を指す指標です。論文の本文は、これを残差(引き算の残り)として説明しています。産出から、測定された投入の寄与を取り除いたあとに残るもの。つまり「どの投入を、どの仮定で、どれだけ引くか」を決めないと、残りも決まりません。論文はこの点を、TFPは仮定した生産技術と、その技術の推定手順に対してのみ定義されると書いています。
ここが、受け取る側が取り違えやすい構造です。売上は数えた結果であり、数え方を変えても「何を数えたか」は言葉で説明できます。一方TFPは、引き算の方法そのものが指標の中身です。表に並んだ時点では、どちらも小数点付きの数字で、見た目では区別がつきません。
論文が比較しているのは、同じ企業・同じ期間に対して当てた11種類の生産性指標です。中国A株上場の非金融企業4,517社・29,434企業年(2015〜2024年)を対象に、パラメトリックな推定量6種とノンパラメトリックな指標5種を並べています。
- パラメトリック(生産関数の形をあらかじめ決めて推定する方法): 最小二乗法(OLS)、固定効果、システムGMM、Olley–Pakes、Levinsohn–Petrin 系の推定量
- ノンパラメトリック(関数の形を仮定せず、最も効率的な企業を結んだ境界からの距離で測る方法): スラックスベース指標(SBM)、Malmquist–Luenberger 指数系
ノンパラメトリック側の定式化は、投入を労働と資本の2種、望ましい産出を売上の1種、そして望ましくない産出を二酸化硫黄と化学的酸素要求量(COD)の2種として組まれています。この「望ましくない産出」の扱いが、後で効いてきます。
同じデータなのに、企業年の15.9%〜33.2%が別の階層へ移る
論文の第5節は、基準となる指標を Levinsohn–Petrin の推定量に置き、そこから別の指標に置き換えたときに企業の相対位置がどれだけ動くかを数えています。
パネルに同梱されていた5指標について、生産性の四分位(上から4分の1ずつに区切った階層)をまたいで移動した企業年は15.9%〜33.2%でした。おおよそ6社に1社から3社に1社の割合が、指標を替えるだけで「上位層」から「中位層」へ、あるいはその逆へ移る計算になります。
ここで注意したいのは、この比率が中国A株上場企業の2015〜2024年という標本についての数値だという点です。論文は、他の市場・非上場企業・他国の企業に同じ比率が当てはまるとは述べていません。自社のデータでも15.9〜33.2%動く、とは読めません。
にもかかわらず、この数字には受け取る価値があります。同じデータに同じ目的で当てた指標のあいだで、これだけの入れ替わりが起こりうるという存在証明になっているからです。
そして、この入れ替わりは相関係数では見えません。論文は、パラメトリック系の指標どうしの順位相関(スピアマンの順位相関係数=順位の一致度を−1〜1で測る指標)が0.83から0.999の範囲にあることを示したうえで、同じ段落でこう書いています——高い順位相関は、それでも相当量の再分類と両立する。
内訳を見ると、OLSと固定効果のあいだは0.999、最も低いのがシステムGMMと固定効果のあいだで0.83です。0.999という数字を見れば、普通は「同じものを測っている」と判断します。それでも四分位の線をまたぐ企業は上記の規模で出ます。順位相関は分布全体の並びの一致を見ており、階層の境界をまたいだかどうかは見ていません。報告に使う指標が「上位25%に入っているか」のような階層判定である場合、見るべきは相関係数ではなく、まさにこの再分類の割合です。
さらに、系統をまたぐと一致はほぼ消えます。論文は、固定効果で推定したTFPとSBM効率値の順位相関が −0.021 だったと報告しています。本文の表現は、一方の分布における企業の位置が分かっても、他方における位置についてはほとんど何も言えない、というものです。そして2つの系統は、共通の潜在量を測り損なった2つの測定ではないと明言しています。
符号が入れ替わった例と、その例から言えないこと
論文は、指標の選択が下流の結論に届くことを示すために、ひとつの回帰分析を11通りの従属変数で走らせています。企業・年の固定効果、固定の統制変数、企業単位のクラスタ標準誤差、標準化した従属変数——指定はすべての列で同じです。替えたのは生産性指標だけです。
結果は、パラメトリック6指標すべてで1%水準の有意なプラス、ノンパラメトリック5指標すべてでゼロと統計的に区別できず符号はマイナスでした。
ここで、2つのことを分けて書きます。
言えること:同じデータ・同じ回帰式・同じ統制のもとで、従属変数に選んだ生産性指標の系統によって、係数の読み方が反転しうる。これが論文の示している範囲です。
言えないこと:この回帰が扱っていた説明変数(ESG評価)に効果があるのか、ないのか。論文自身が第5.7節で、標本が同一ではないことを明記しています。水準の指標は20,169企業年、差分をとる3指標は16,306企業年で、母数が違います。さらにこの対比は係数が等しいかどうかの検定ではないとも書かれています。つまりこの表から読み取れるのは「指標の選択で結論の向きが変わりうる」ことであり、説明変数の効果についての知見ではありません。
ノンパラメトリック側についても、書き方に注意が必要です。係数はゼロと区別できず、符号がマイナスだった——これは「マイナスの効果が確認された」とは別の記述です。有意ではない係数の符号を効果として読むと、同じ表から正反対の主張が2つ作れてしまいます。
ばらつきは測定ノイズではなく、仮定の違いが生む算術である
ここまでの話は「指標によって結果が違う」という事実の報告ですが、論文の中心はその理由にあります。
論文は、2つの残差ベース指標を下流の回帰に入れたときの係数の差を、含意される要素弾性値(産出が各投入にどれだけ反応すると仮定したか)の差として閉じた形の式で与えています。そして、この式が実際に観測されたずれを相関1.000で予測したと報告しています。
相関1.000という数字が意味しているのは、指標間の食い違いが偶然のばらつきではないということです。論文はこの量を、統計的ではなく算術的なものだと表現しています。推定方法を替えるという判断が、そのまま計算として係数の差になって出てきます。
この点は、実務の受け取り方を変えます。指標を替えて結果が動いたとき、「サンプルが足りない」「ノイズが大きい」という方向で原因を探すのは、少なくとも残差ベースの指標同士についてはずれています。動いたのは、置いた仮定が違ったからです。
ただし、この閉じた形が当てはまるのは残差ベースの指標どうしの差についてです。系統をまたぐ差には適用されません。そして系統をまたぐ差には、別の原因が混ざっています。
食い違いの一部は「推定量の不一致」ではなく「測っている対象の違い」
順位相関が−0.021と聞くと、「2つの推定方法が噛み合っていない」と読みたくなります。論文はその読み方に、自分から待ったをかけています。
ノンパラメトリック側の指標は、望ましくない産出に罰点を与える定式化になっていました。二酸化硫黄とCODを減らすことが効率の一部として組み込まれているわけです。つまりこの系統は、生産の効率と環境負荷の両方を1つの数値にまとめています。パラメトリック側のTFPには、この要素は入っていません。
論文は、この点を検証するために指標を解き直しています。同じ20,169企業年・同じ投入と売上で、望ましくない産出を外した通常のSBMを計算すると——
- Levinsohn–Petrin 基準との順位相関は 0.23 から 0.70 に上がった
- 同じ回帰での係数は 0.013(標準誤差0.006)で5%水準の有意なプラスになった
符号は、パラメトリック側と揃いました。残っている0.70という不一致は推定方法の違いに由来しますが、0.23まで下げていた分は何を産出として数えるかの違いだったことになります。
論文の表現を借りれば、この対比は推定量の不一致だけではない。そして2つの系統は、1つの対象をめぐって競合する推定量ではない。
ここが、本記事がこの論文から受け取った最も実務的な点です。指標が食い違ったとき、原因は1種類ではありません。少なくとも2層あります。
- 同じ対象を違う方法で推定したことによる差(閉じた形で説明がつく層)
- そもそも違う対象を測っていることによる差(方法の議論では解けない層)
この2層を分けずに「指標がばらつく」と一括りにすると、対処も混ざります。1番目なら感度の報告で足りますが、2番目はどちらを使うべきかという目的の議論になります。環境負荷を含めた効率を見たいのか、投入に対する産出の効率だけを見たいのか。これは統計の問題ではありません。
なお、この再計算は望ましくない産出を外した場合の比較であって、排出を含めた指標が誤りだという主張ではありません。論文もそう述べていません。
確かなことと、この記事で踏み込んでいないこと
確かなこと:企業レベルのTFPが残差として推定される量であること、11指標・29,434企業年・4,517社・2015〜2024年という設計、四分位をまたぐ企業年が15.9%〜33.2%だったこと、パラメトリック系の順位相関が0.83〜0.999だったこと、固定効果TFPとSBMの順位相関が−0.021だったこと、11通りの回帰で係数の符号が系統間で割れたこと(および標本が同一でないという留保)、閉じた形が実際のずれを相関1.000で予測したこと、望ましくない産出を外したSBMで順位相関が0.23から0.70になり係数が0.013(標準誤差0.006)で5%有意のプラスになったこと。これらはいずれも、2026年10月31日に確認した上記の論文本文に書かれています。
踏み込んでいないこと:
- この標本以外への一般化。比率も相関も、中国A株上場の非金融企業・2015〜2024年についての数値です
- Olley–Pakes 推定量の性能評価。論文はこの指標を自ら推定したと述べ、完全な Olley–Pakes 実装と一致するとは主張しないと留保しています。加えて正の投資がある企業年に限られるため、低い相関には標本の差も混ざります
- 「どの推定方法が正しいか」。論文はその順位づけをしていません
- 被引用や追試の状況。確認していないため、確立した知見としては扱いません
また、パラメトリック6指標はすべて同じ符号・同じ有意水準でした。符号が割れたのは系統のあいだであって、「どの指標でも結果が変わる」という話ではありません。
判断軸:結論ではなく、結論の感度を報告させる
ここまでの整理から導かれる判断軸は2つです。
1つ目:その数字が観測値か推定量かを、受け取った時点で確認する。
判定は簡単です。「この数字は何を数えたものですか」と聞いて、数え方で答えられるなら観測値、「○○を仮定して××を引いた」という形で答えが返るなら推定量です。答えが返らない場合は、判定を保留する側に置きます。
この問いは、指標の定義を共有する作業の一部でもあります。何を分母にし何を分子にするかという整理は自然言語でデータに聞ける、は「何を数えるか」が決まっている前提で成り立つで扱っていますが、推定量の場合はそこに「どの仮定で引いたか」がもう1段加わります。
2つ目:推定量を根拠に判断するときは、結論ではなく結論の感度を報告させる。
報告の文面で言えば、こうなります。
- ❌ 「生産性上位25%の取引先は12社」
- ✅ 「生産性上位25%の取引先は12社(Levinsohn–Petrin 系の推定値を使用)。別の推定方法に替えると、このうち何社が入れ替わるかは未確認」
後者は、次に何をすればよいかが決まっています。前者は、12という数字が確定した事実として次の会議に渡ります。
どの前提が結論を変えるかを先に調べる考え方そのものは感度分析とは?「どの前提が結論を変えるか」を先に知る方法に整理があります。推定量の場合は、感度分析の対象に「推定方法の選択」そのものが入る、という理解になります。
最小検証:基準を替えたときに「誰が入れ替わるか」を1回数える
手元に生産性や効率性の指標があるなら、次の手順を1回だけ実行すると、本記事の主張がそのデータで当てはまるかどうかが分かります。
- いま使っている指標で、対象を上から4分の1ずつに区切る。各階層の件数(分母)を書き添える
- 同じデータで、引き算の仮定が違う指標をもう1つ作る。投入の種類を1つ増やす・減らす、産出の定義を替える、といった最小の変更で足りる
- 2つの区切りを突き合わせ、階層をまたいで移動した件数を数える
- 相関係数も計算して並べる
ここで見たいのは、相関係数の高さと移動件数が別の情報であることです。論文が報告しているとおり、両者は両立します。移動した件数がゼロに近ければ、その指標を使った階層判定はしばらく安心して回せます。そうでなければ、報告の文面に「どの仮定で引いた値か」を書き添える必要が出てきます。
経営指標としてTFPを所与の数字として扱う議論はコンサルティングに本当に効果はあるのかでも触れていますが、本記事はその前提の側——TFPという数字が、どの程度まで所与として扱えるのか——を限定する位置にあります。
数字を受け取ったときに立ち返る問い
生産性の数字を前にしたときに立ち返りたいのは、「この数字は、どの仮定を置いたうえでの残りなのか」という問いです。残差である以上、引く前の仮定を言えなければ、残りの意味も言えません。
もう1つは、「この指標が食い違ったとき、方法の話なのか目的の話なのか」という問いです。同じ食い違いに見えても、前者は感度の報告で扱えますが、後者は何を測りたいのかという合意の問題です。数字そのものは、どちらなのかを教えてくれません。
参考資料・引用元
- Productivity Measurement and Downstream Inference — Mathematics 14(21), 3900(DOI: 10.3390/math14213900。受理2026年10月19日・公開2026年10月26日と掲載ページに表示。2026年10月31日確認)