限界利益とは?「この赤字案件は断るべきか」を営業利益で判断すると間違える理由
「単価は下げられるが、この条件でも受けてほしい」という値引き要請や、通常よりも利幅の薄いスポット案件が来たとき、多くの現場では「営業利益ベースで見ると赤字だから断るべきだ」という判断が下されます。粗利や営業利益を基準にすれば、これは筋の通った判断に見えます。
しかし、この基準には見落としがあります。個別の注文を受けるかどうかという意思決定では、営業利益や粗利ではなく「限界利益」という別の指標を使わないと、本来受けるべき案件を断ってしまったり、逆に受けるべきではない案件を受けてしまったりすることがあります。この記事では、限界利益の定義と数値例を確認したうえで、受注可否の判断でどう使うかを整理します。
30秒で要点
- 限界利益とは「売上高-変動費」で計算される利益で、固定費の回収に貢献する部分を表す指標
- 中小機構J-Net21の数値例では、仕入800円・販売1,000円・固定費30万円のとき、限界利益は1個あたり200円、損益分岐点は1,500個(150万円)になる
- 個別の注文を受けるかどうかの判断では、その注文によって新たに発生する費用(変動費)だけを見る限界利益が意味を持ち、固定費まで含んだ営業利益で見ると判断を誤りやすい
- ただし「限界利益がプラスなら無条件に受注する」は正しくない。手が空いているか埋まっているかで判断が変わる
- 変動費・固定費の分解は完璧にはできない。迷ったら固定費に入れておく「固めの計算」という運用ルールがある
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 限界利益 | 売上高から変動費を引いた金額。固定費の回収と利益確保に充てられる部分 |
| 変動費 | 販売量・生産量に応じて増減する費用(仕入原価、材料費など) |
| 固定費 | 販売量に関係なく一定額発生する費用(家賃、人件費など) |
| 損益分岐点 | 利益がちょうどゼロになる売上高・販売数量 |
前提整理:限界利益は何を測る指標か
中小企業庁が運営する経営相談ポータル「J-Net21」は、限界利益を「売上高と変動費の差額」と定義し、「固定費の回収に貢献する利益で、販売量に比例して増加していく」利益であるとしています。
分母・分子で言い換えると、限界利益という指標は「1単位(1個・1件)売れるごとに、固定費の回収と利益確保のためにいくら残るか」を表す金額です。売上高そのものでも、営業利益(そこから固定費まで引いた後の利益)でもなく、あくまで「変動費だけを引いた段階の利益」を見ています。
J-Net21が示す数値例はこうです。仕入(変動費)800円の商品を1,000円で販売する店舗があり、固定費は店舗賃借料20万円と人件費10万円の合計30万円だとします。
- 1個あたりの限界利益:1,000円-800円=200円
- 損益分岐点の販売数量:30万円(固定費)÷200円(1個あたり限界利益)=1,500個
- 損益分岐点の売上高:150万円
この計算式が示しているのは、「1個売れるたびに200円ずつ固定費の回収が進み、1,500個売れた時点で固定費をちょうど回収し終える」という構造です。損益分岐点そのものの詳しい考え方は損益分岐点とは?事業の採算性をどう判断するかで扱っているため、この記事では受注可否の判断という別の局面に絞ります。
なぜ営業利益で判断すると間違えやすいのか
「粗利は出ているのに手元の現金が増えない」「営業利益ベースでは赤字なのに、受けたほうが得なこともあるらしい」——こうした違和感が生まれる背景には、固定費の性質があります。
固定費(家賃や人件費など)は、その注文を受けても断っても、金額が変わりません。すでに支払うことが決まっている費用です。つまり、ある注文を受けるかどうかを判断する場面で本当に問うべきなのは、「この注文を受けることで、会社のキャッシュが増えるのか減るのか」という一点であり、これに答えるのは、その注文によって新たに発生する費用、つまり変動費だけです。
営業利益は「売上高-変動費-固定費」で計算されます。個別の注文の採算を営業利益ベースで見ると、その注文とは無関係にすでに発生している固定費まで按分して差し引くことになり、「固定費を回収できていない案件はすべて断るべきだ」という誤った結論に流れやすくなります。しかし固定費は、その案件を断っても消えてなくなるわけではありません。断った場合、その固定費は他の売上でカバーするか、丸ごと持ち出しになるだけです。
この誤解が起きやすい理由は、営業利益という指標が「会社全体の最終的な儲け」を表すために作られており、日常的に最もよく目にする数字だからです。会社全体の業績を見るときには適切な指標が、個別の注文1件を受けるかどうかという意思決定にそのまま使われてしまうところに、ズレが生まれます。
判断軸:限界利益がプラスでも、無条件に受けてよいわけではない
ここまでの説明だけを読むと、「限界利益がプラスなら受注すべき」という単純なルールに見えるかもしれません。しかし、これは条件付きでしか成り立ちません。判断が分かれるのは、自社の生産・提供能力に余力があるかどうかです。
- 手が空いている場合(他に代替できる案件がなく、余力がある):限界利益がプラスの注文であれば、受けることで固定費の回収に上乗せができます。この場合は限界利益がプラスかどうかが、そのまま受注可否の判断材料になります。
- 手が埋まっている場合(その注文を受けると、他の案件をこなす余力を圧迫する):話はもう1段階複雑になります。この注文を受けることで、代わりに何かを断る、あるいは後回しにすることになるなら、比較すべきは「この注文の限界利益」対「押し出される案件の限界利益」です。押し出される案件のほうが限界利益が大きいなら、目の前の値引き案件を受けるとかえって損をします。
つまり「限界利益がプラスだから受ける」という判断は、余力がある場面に限って成立する簡略版であり、常に正しいわけではありません。手が埋まっている状況では、限界利益という同じものさしを使って、複数の案件を比較する視点が必要になります。
確かなこと・まだ確かではないこと
確かなこと:J-Net21は限界利益の定義と、仕入800円・販売1,000円・固定費30万円という条件での計算例(限界利益200円/個、損益分岐点1,500個・150万円)を示しています。また同ページは「実際の企業においては、費用を変動費と固定費に明確に分類することは困難」であると明記しており、変動費・固定費の分解が一意には決まらないことを公的機関側も認めています。
まだ確かではないこと:変動費・固定費の分解基準がどの業種でも同じように機能するかは、業種・契約形態によって異なります。この記事で紹介する業種別の分解基準(後述)も、あくまで参照時点の一例であり、自社の費用構造をそのまま当てはめられるとは限りません。
分け方に迷う費用はどう扱うか
変動費と固定費の線引きが曖昧な費用(外注費の一部、通信費、消耗品費など)は実務では珍しくありません。中小企業庁の「中小企業BCP策定運用指針」は、こうした判断に迷う費用について「固定費に算入しておけば固めの計算が出来ます」という運用ルールを示しています。
これは、変動費を実態より少なめに(保守的に)見積もっておくという考え方です。変動費を少なく見積もれば、限界利益(売上高-変動費)は実態より小さめに算出され、その結果、受注の可否判断は「本来なら受けてよい案件まで慎重になる」方向に倒れます。逆に、判断がつかない費用を変動費側に寄せてしまうと、限界利益が実態より大きく見え、本来なら見送るべき案件まで受けてしまうリスクが高まります。迷ったときにどちらへ倒すかという運用ルールとして、固定費側に寄せる考え方は理にかなっています。
同指針は、卸・小売業/製造業/建設業それぞれについて、費用項目ごとの変動費・固定費の分解基準を具体的に列挙しています。ただし、この分解基準の参照元とされる調査は平成15年度(2003年度)の「中小企業の原価指標」であり、20年以上前の商習慣・費用構造をもとにしている可能性がある点は留保が必要です。自社の費用構成が現在の実態からどれだけ変わっているかを踏まえて、参考程度に使うのが安全です。
自分でも試せる、最小の検証
直近3か月で、値引き要請を受けて受注した案件、あるいは逆に断った案件を1つ選んでください。その案件の売上金額から、その案件のために新たに発生した費用(材料費・外注費など、明らかに変動費と言える部分)だけを差し引き、限界利益がプラスだったかマイナスだったかを実際に計算してみてください。
このとき、家賃や固定給の人件費など、その案件の有無にかかわらず発生していた費用は計算に含めないことがポイントです。計算した結果が、営業利益ベースでの当時の判断と一致していたか、それとも違う結論になっていたかを確認するだけでも、自社の受注判断がどちらの指標に寄っていたかが見えてきます。
判断の土台として押さえておくこと
- 限界利益は「売上高-変動費」で計算され、固定費の回収に貢献する部分を表す指標
- 個別の注文を受けるかどうかの判断では、固定費まで含んだ営業利益ではなく、限界利益(新たに発生する費用との差額)を見る必要がある
- 「限界利益がプラスなら受注すべき」は、手が空いている場合に限って成立する簡略版。手が埋まっている場合は、押し出される案件の限界利益との比較が必要
- 変動費・固定費の分解は完璧にはできない。迷ったら固定費に算入する「固めの計算」という運用ルールがある
次の一手:営業利益・経常利益・純利益の違いを整理したい場合は、経常利益と営業利益と純利益の違い:企業の収益性をどう判断するかであわせて確認できます。
この記事で扱わなかったこと
この記事は、個別の注文・案件を受けるかどうかという意思決定における限界利益の使い方に絞っています。損益分岐点そのものの計算方法や、価格設定の全体戦略については扱っていません。実際の受注判断は、自社の費用構造や契約条件によって変動費・固定費の線引きが変わるため、この記事の一般論だけでなく、自社の数字に当てはめた確認が必要です。
この記事で扱ったような、自社の受注判断や費用構造を整理したい場合は、状況を言語化するところから始めることができます。
状況を整理する(15分)参考資料・引用元
- 中小企業庁 中小機構「J-Net21:損益分岐点、限界利益とは何ですか。」https://j-net21.smrj.go.jp/solution/qa/accounting/Q0240.html
- 中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針」レベルC 5-(4)-3 https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/contents/level_c/bcpgl_05c_4_3.html