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頭の中に映像がなくても抽象思考はできる——アファンタジア研究が問う想像力理論

2026年9月1日
最終更新: 2026年9月1日
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頭の中に映像がなくても抽象思考はできる——アファンタジア研究が問う想像力理論

頭の中に映像がなくても抽象思考はできる——アファンタジア研究が問う想像力理論

「頭の中で絵として思い浮かべられないと、本当に理解したとは言えない」——この感覚に、心当たりはないでしょうか。図形の証明を考えるとき、頭の中に図を描く。道徳的なジレンマを考えるとき、具体的な場面を思い浮かべる。イメージが浮かんだ瞬間に「わかった」と感じる。

では、そもそも頭の中にイメージを思い浮かべられない人は、こうした抽象的な理解に苦労しているのでしょうか。

この記事では、その問いに正面から向き合った研究を手がかりに、「わかる」とイメージの関係を考え直します。

出典は、エストニア・タルトゥ大学のUku Tooming准教授とRoomet Jakapi准教授による研究についての3件の報道です。eurekalertneurosciencenewsmedicalxpressの3サイトが、2026年7月2日から3日にかけて同一の研究を報じています。

先に断っておきます。本記事が確認できたのは3件の報道記事であり、Neuropsychologia誌に掲載されたとされる論文本体は取得できていません。したがって、実験デザインの詳細や被験者数など、論文本体でしか確認できない情報は扱いません。報道が伝えている範囲の内容に限定して書きます。

30秒で要点

  • タルトゥ大学のUku Tooming准教授とRoomet Jakapi准教授の研究が、Neuropsychologia誌に掲載されたと発表された(プレスリリース日 2026年7月2日)
  • アファンタジア(視覚的イメージを思い浮かべられない状態)を持つ人は、幾何学・道徳・数学といった抽象概念を、イメージを持つ人と同様に理解し扱えると報告されている
  • 研究者らは、この発見を18世紀の哲学者デイヴィッド・ヒュームの「抽象思考はイメージの組み合わせから生まれる」とする理論への反証と位置づけている
  • 研究は、ヒューム説を擁護しうる複数の代替説明(非視覚的感覚イメージ・言語ベースの推論など)を検討した上で棄却したと報道されている
  • 論文本体は未読のため、実験デザインの詳細や個別の反証ロジックは本記事では扱わない

用語意味
アファンタジア(aphantasia)視覚的な心的イメージを、意図的に思い浮かべることができない、または著しく制限されている状態
イマジズム(imagism)抽象的な思考は、心的イメージの組み合わせや操作から生まれるとする考え方。本記事ではヒュームの理論をこう呼ぶ
心的イメージ(mental imagery)実際には目の前にないものを、頭の中で視覚的な像として思い浮かべる働き
抽象概念(abstract concept)幾何学の図形や道徳的な原則のように、具体的な物体として存在しない概念

なぜ「イメージできる=理解している」と感じるのか

この感覚がどこから来るのか、まず考えておく価値があります。

多くの人にとって、抽象的な内容を考えるとき、何らかの視覚的なイメージが自然に伴います。三角形の内角の和を考えるとき、頭の中に三角形が浮かぶ。難しい判断を迫られたとき、具体的な状況が思い浮かぶ。イメージが伴う思考しか経験したことがない人にとって、「イメージが伴う」ことと「理解している」ことは、ほとんど分かちがたく結びついています。

この結びつきを理論として定式化したのが、18世紀の哲学者デイヴィッド・ヒュームです。ヒュームの考え方——本記事では便宜的に「イマジズム」と呼びます——では、抽象的な思考そのものが、具体的な心的イメージの組み合わせや操作から生まれるとされます。三角形一般についての思考は、個々の三角形のイメージを重ね合わせたようなものだ、という発想です。

この考え方が正しければ、1つの予測が導かれます。視覚的なイメージを思い浮かべられない人は、抽象的に考えることに苦労するはずだ。この予測を検証できる集団が、アファンタジアを持つ人々です。

研究が報告していること

報道によれば、Tooming准教授とJakapi准教授の研究は、アファンタジアを持つ人々が、幾何学・道徳・数学といった抽象概念を、イメージを持つ人と同様に理解し、扱うことができると報告しています。幾何学的な推論をこなし、複雑な道徳的原則を、イメージを持つ人と同じくらい流暢に処理する、とされています。

研究者は、この結果を先の予測に対する反証として位置づけています。Tooming准教授の発言として、3つの報道すべてに共通して次の言葉が引用されています。「もし抽象思考が本当に心的イメージを必要とするなら、アファンタジアを持つ人は抽象的に考えることに苦労するはずだ。彼らは苦労していない。」

さらに、medicalxpressの報道によれば、研究はヒューム説を擁護しうる複数の代替説明——非視覚的な感覚イメージ、意図しない不随意のイメージ、空間的な表象、言語にもとづく推論、無意識のイメージ——を体系的に検討した上で、いずれも棄却したとされています。そのうえで、アファンタジアは単なる例外ではなく、イマジズム的な認知観そのものへの実質的な反証だと結論づけている、と報じられています。

ここは1点、留保が必要です。この要約はmedicalxpressの報道によるものであり、論文本体は今回確認できていません。個々の代替説明がどのようなロジックで棄却されたのか、その論証の妥当性については、本記事では判断しません。

「わからないと理解していない」という前提のねじれ

この研究が突きつけているのは、私たちが日常的に使っている「わかる」の判定方法についての疑問です。

抽象的な議論や判断を仕事にする人ほど、「イメージが浮かぶかどうか」を理解度の代理指標として使いがちです。企画書を読んで場面が思い浮かべば「腹落ちした」と感じ、浮かばなければ「まだ理解が浅い」と感じる。これは自然な感覚ですが、その自然さは、自分にイメージを伴う思考の経験があることに由来しているだけかもしれません。

イメージを伴わずに抽象概念を扱えている人が存在する以上、「イメージが浮かぶこと」は理解の必要条件ではないことになります。だとすれば、「イメージが浮かばない」という感覚を、理解が浅いことの証拠として扱うのは、行き過ぎた一般化です。自分の思考の経路を、他人や自分自身の理解度を測る唯一の物差しにしてしまう——これが、この前提が生まれる構造です。

同じ構造は、抽象的な議論の場でも起きえます。ある提案について「イメージが湧かない」と感じたとき、それは提案の中身が曖昧だからかもしれませんし、単に自分がその種の思考にイメージを必要とするタイプなだけかもしれません。この2つを区別せずに「イメージが湧かない=説明が悪い」と結論づけると、実際には十分に筋が通っている提案を、誤って却下することになりかねません。

この前提が組織の判断を歪める場面

この前提のねじれは、個人の中だけで完結しません。会議やレビューの場では、他人の理解度を推し量る場面が頻繁にあります。

たとえば、抽象度の高い戦略やフレームワークを説明したとき、聞き手が「ちょっとイメージが湧かないですね」と言ったとします。この一言だけでは、原因が2通りに分かれます。説明の側に曖昧さがあるのか、それとも聞き手がその種の内容をイメージという経路で処理するタイプではないだけなのか、この時点では区別がついていません。それにもかかわらず、多くの場では反射的に「説明が悪かった」と受け取られ、話し手が図解や比喩を追加する対応に向かいます。

この対応が無駄になるとは限りませんが、原因を切り分けずに一律の対応をすると、的外れになる場合があります。聞き手の側の処理特性が理由であれば、図を増やしても効果は薄く、具体例への適用や言い換えを求める方が有効です。逆に説明の側に曖昧さがあれば、図解より先に、前提や定義を詰め直す必要があります。「イメージが湧かない」という同じ言葉の裏に、対応の異なる2つの原因が隠れている、という点が実務上の要注意点です。

評価する側に立つときも同じ切り分けが要ります。提案や報告を読んで「腹落ちしない」と感じたとき、それが提案の論理的な欠陥によるものか、自分の理解の経路がその内容と噛み合っていないだけなのかを、決めつける前に確認する価値があります。

判断軸の提示

「イメージが浮かぶかどうか」を、自分や相手の理解度を測る基準にしないこと。

抽象的な内容を評価するときは、次の基準に置き換えます。

  1. その概念を、別の具体例に適用できるか — イメージの有無ではなく、応用できる範囲で理解度を測る
  2. その概念を、自分の言葉で言い換えられるか — 再構成できるかどうかは、イメージとは独立に確認できる
  3. 「イメージが湧かない」という感覚が出たら、内容の曖昧さと自分の思考特性のどちらが原因かを切り分ける — 前者なら質問し直し、後者ならイメージ以外の理解経路(言語的な言い換え、応用例での確認)を試す
  4. 相手が「イメージできない」と言った場合も、同じ切り分けをする — 説明が悪いのか、相手の思考の経路が違うだけなのかを、決めつけずに確認する

イメージは、理解を助ける手段の1つではありますが、理解そのものの証明ではありません。この区別を持っておくと、イメージに頼れない場面でも、理解度を判定する手段を失わずに済みます。

確かなことと、まだ確かではないこと

確かなこと: タルトゥ大学のTooming准教授とJakapi准教授による研究が、Neuropsychologia誌に掲載されたと2026年7月2日付で発表されたこと。アファンタジアを持つ人が幾何学・道徳・数学といった抽象概念をイメージを持つ人と同様に扱えると報告されていること。研究者がこの結果をヒュームの理論への反証と位置づけていること。Tooming准教授の引用文の内容。

まだ確かではないこと: 論文本体は未読のため、実験デザイン・被験者数・具体的な検証手続きは確認できていません。代替説明を棄却する個々の論証の妥当性も、報道の要約以上には評価できません。また、この研究は「イメージの有無が抽象概念の理解を左右しない」ことを示すものであり、「アファンタジアの人の判断力が高い、あるいは低い」といった優劣を示すものではありません。

自分でも試せる、最小の検証

直近で「イメージが湧かないから、まだよくわかっていない」と感じた抽象的な内容を1つ思い出してください。

その内容について、イメージを使わずに、別の具体例に当てはめられるか、あるいは自分の言葉で言い換えられるかを試します。どちらかができれば、イメージが湧かなかったことと、理解していないことは、別の話だったことになります。どちらもできなければ、原因はイメージの有無ではなく、内容そのものの整理不足かもしれません。

この切り分けを1回試すだけで、「イメージが湧く/湧かない」を理解度の判定に使う癖に、自分がどれだけ依存していたかに気づきやすくなります。


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